聖霊が臨むとき

使徒言行録 2:37-47

ご存知のようにユダヤには3つの大祭(大きなまつり)があります。

春の過ぎ越しの祭り(大麦の収穫)
夏のはじめの五旬節(小麦の収穫の始まり)
秋の仮庵の祭り(すべての穀物と果物葡萄とオリーブの収穫)

イスラエルの祭りは農業とのつながりが切っても切れません。でも歴史が進みますとイスラエルの宗教と歴史的なつながりを祝う祭りとなったようです。過ぎ越しの祭りはエジプトからの解放を記念する祭り、五旬節はシナイ山で律法が与えられたことを記念する祭り、そして仮庵の祭りは40年の荒れ野の旅の間、粗末なテント生活を過ごしたことを記念する祭りとなりました。今日はその五旬節(ペンテコステ)にあたります。

じつはペンテコステは五十番目を表すギリシャ語です。五旬節ということです。過ぎ越しの祭りがキリストの十字架と復活の出来事であったので、過ぎ越しの祭りが復活祭、ペンテコステでユダヤ人は律法が与えられたことを祝いますが、キリスト者は聖霊が与えられて新しい神の民となったことを祝うのです。

ヨハネ福音書14章で主イエスは繰り返し「わたしが去った後には別の助け主、聖霊が与えられる」という主の言葉を伝えています。そこで語られることは聖霊が注がれるとき、人は確かにそれまでとは違った、全く違った存在とされるというのです。

弟子たちはほんの50日前まで、主イエスがやがて十字架にかけられることを表明していたにもかかわらず、こうした重大な発言を実は聞こうともしていませんでした。そしてなによりも一番関心があったのは、弟子たちの中ではだれが一番偉いのかを問題にして、序列競争をしていたのです。彼らは主イエスの弟子であるほかは、取り立てて人目を引くような輝きなどなかったのです。ところが、この後、ペンテコステ後捕らえられたとき 4:13 「議員や他の者たちは、ペトロとヨハネの大胆な態度を見、しかも二人が無学な普通の人であることを知って驚き、また、イエスと一緒にいたものであるということも分かった」
外見は漁師出身で粗野な無学のただ人けれど昨日までのペトロ、ヨハネではありませんでした。聖霊が注がれることによって、権力の脅しに博しない大胆な話しぶりに権力は驚いたのです。彼らは迫害にあっても、迫害者自身を宣教者に変えてしまうほど、外側からの迫害にも自由になることができた。

ペトロは人々に悔い改めを迫り、バプテスマを受けるように勧めます。その人々には聖霊が賜物として与えられるのです。

38節 ペトロは彼らに言った。「悔い改めなさい。めいめい、イエス・キリストの名によって洗礼(バプテスマ)を受け、罪を許していただきなさい。そうすれば、賜物として聖霊を受けます。」
この約束は、あなた方も、あなた方の子どもにも、遠くにいるすべての人にも、つまり、私たちの神が招いてくださるものならだれでも与えられているものなのです。

つまり聖霊は個々の人に明瞭に与えられるものですが、新しく神の民とされた共同体にも注がれ、つまり教会という共同体にも聖霊が注がれ 43節以下に書かれている原始キリスト教共産制というものが実現するのです。聖霊の存在が教会のしるしです。

42節 「かれらは使徒の教え、相互の交わり、パンを裂くこと、祈ることに熱心であった。」

<熱心であった>はある翻訳では<専念していた>と訳されていました。パン裂きとは食事の前にされる儀式的行為です。のちに聖餐式となっていきましたが、むしろパンを持ち寄ってワインと共に戴く共同の食事であったようです。まずはパンとワインの食事を分かち合い、学び、祈りを共にした。

一度、イタリアのアッシジを訪ねたことがあります。あの聖フランシスコが神からのみ声を聴いて造り上げた教会があります。壮麗なカテドラルはフランシスコの後継者が築いたものです。聖堂内の展示室には、フランシスコが普段身に着けていたぼろぼろの悲惨なローブが置かれています。聖フランシスコはそれを着て托鉢して最初の教会を建てました。実は壮麗な大聖堂を通り越してオリーヴ畑の向こうに今にも倒れそうな石造りの施設がありました。それは教会というよりどう見ても食堂なのです。聖フランシスコは貧しい食べ物がない人々のためにまずこの建物を建てたのです。

教会とはそういうところです。肌の色も違う、言葉も違う豊かな人も、貧しい人も皆一つとなって集まってパンを裂き神を賛美して共同体を築き上げてゆきました。その原動力は聖霊による知からでした。集う人々には他者を思う愛がありました。

お隣の高幡カトリック教会にいたコンスタン・ルイ神父のことが忘れられません。ルイ神父の書斎には在日韓国人、朝鮮人への差別について書かれた多くの書物がありました。彼も一人の在日フランス人です。ですが同じ在日でありながら朝鮮半島出身者とヨ-ロッパ人では扱いが全く違うことに驚かれたのです。当時在日外国人は外国人登録証の常時携帯が求められ、そこに指紋押捺を強要されていた。彼は指紋押捺拒否をして裁判の場に引き出された。その裁判はルイ神父による信仰のあかしの場であったとさえ言われています。裁判の信仰の中で神父を告発していた検事さんがカトリックに回心したのみならず、なおかつ国側の告発の不当性に気がつかされ、その検事のかたは人権専門の弁護士に鞍替えしたのだそうです。

教会は聖霊が臨むとき驚くべき出来事が起こる一つに事例です。
今日という日は聖霊の御業が、新たに刻まれる日。主の恵みに感謝します。

(2020年05月31日 礼拝メッセージ)

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