主の変容
ルカ福音書9章28-36節
いよいよ主イエスが十字架にかかるときが近づいて、十字架予告の一週間後、イエスはペトロ、ヨハネ、ヤコブを連れて山に登り、そこでモーセとエリヤと話をしたというのです。この出来事はキリストの生涯でもエポックメイキングな重大なときでした。普通の人の生涯においても、それが人生の方向を決めてしまうかもしれない大切なときがあります。人生の方向を決めて学校や就職を決めるとき。誰かを好きになって人生をともに生きていこうと決断するとき。教会に行って、キリスト教信仰を土台に据えるために洗礼を決断するとき。
この変貌の山の出来事は主イエスの歩みの中でも、誕生、ヨハネによる受洗、十字架復活と並ぶ一つの大切な生涯の出来事です。しかしこれを目撃した3人の弟子達の行動は、
「ペトロと仲間はひどく眠かったが、じっとこらえていると栄光に輝くイエスと、そばに立っている二人の人が見えた。」（共同訳）
「ペトロと仲間たちとは熟睡していたが、目を覚ますとイエスの栄光の姿と、ともに立っている二人の人を見た」（口語訳）
弟子たちは何故そんなに眠かったのだろう。そんなに重大な出来事であるのに。しかも昼間なのに3人が3人とも眠りこけてしまうことがあるのだろうか。ましてや口語訳では「熟睡」していたというのです。弟子たちは半分眠りこける中で、神に、ここに述べられたようなヴィジョンを見せられたのではないだろうか。聖書には夢で神がメッセージを語られるという記述は多くあります。
山上の変貌の物語は栄光のうちに主イエスが立たれ、旧約を代表するモーセとエリヤが一緒に話し合うという姿です。しかし、そこで話されたのは主イエスがエルサレムで遂げようとされる最期についてでした。目に見える形では光り輝く映像ですが、その内容は全く逆の、凄惨な主イエスの十字架の最期なのです。山上の変貌はイエスが栄光に輝く、直接的な神の子としての姿を、わたしたちは見るのです。
主イエスはここで神の権力、栄光を捨てられる決断をなさったのです。まさにこれらは人間の夜の出来事だといってよいのです。
神は基本的に権威あるものです。すべてのものの上に存在なさる方です。ですから日本語では上を意味する＜かみ＞という言葉が使われるのでしょう。「上にある、力ある天にいます方」です。しかし聖書の神はただ天の高みにいまして、下なる世界を睥睨するだけではないのです。上にあると同時に、下の世界にもおいでになるのです。人間が光と闇に行きつ戻りつ悩み続けるとき、神も光の世界だけでなく、闇の世界にすら御自分を置かれることをいとわないのです。それはじつは自己矛盾なのです。神が十字架にかかるなどあってはならないし、それはご自分を否定することにつながりかねないのですが、そうした矛盾をあえて引き受けて、人間を救おうとなさるのです。
旧約聖書の二つの柱は律法と預言です。モーセは律法を代表する人物です。エリヤは預言を代表する人です。このモーセとエリヤが山上で主イエスに出会って語り合った。それはただただ光り輝く姿だったとわたしたちは受け止めます。エリヤはどういう人だったかを主イエスはマルコ福音書9:13で「人々はエリヤを好きなようにあしらった。」と語っています。実はエリヤは英雄などではなかった。人々にあしらわれ、弱さに打ちのめされた人でもあった。モーセだってそうです。荒野の40年間。モーセはどれほど人々に裏切られ続けたか。そして最後になって、約束の地を見渡せる場所に着いてから、その地に入ることを神に拒否されたのです。そしてこの二人とともに語り合う主イエスこそ、人々にあしらわれ、裏切られて、エルサレムで十字架にかけられるのです。人々にあしざまにいわれて裏切られた「心に痛みを知っていた3人の出会い」と言うことが出来ます。
主イエスはそうして光と闇に包まれた我々のところにおいでになるのです。神の国はただただ光り輝く山の上にあるのではないのです。世界にあって影の部分に主イエスはおいでになる。低いところの世界のような、苦しみのあるところにこそ、神の祝福は及ぶのです。わたしたちが悲劇だとしか思えないところ、その世界で、神はわたしたちに出会ってくださる。
山上の変貌の出来事で、わたしたちは弟子達のように栄光に輝く姿に心奪われて、我々自身がそこに身を置こうなどと想像すべきでないのです。
わたしたちの日常生活、教会生活の中で、晴れがましいこともあるかもしれない。けれどわたしたちは常に、この世で全く無力で不幸の中にある人々に、神の目が注がれていることを深くおぼえたいと思います。闇の中でこそ、光はいよいよ輝くのです。わたしたちが希望を失ったり、健康を損なったり、つらい経験に出会っているとき、神がそこにこそおいでになり、祝福なさることを深く心に留めたいのです。
2023年3月19日 礼拝メッセージより