何を「記念」するのか?

今年は日本にプロテスタントが伝えられて150年目であるということで、プロテスタント各派が協力して「日本プロテスタント宣教150周年記念大会」が7月に横浜で行なわれた。
「目的
1.2008年から2009年にかけて、各教会、各学校、各団体で行なわれる行事、集会を日本プロテスタント宣教150周年記念行事と位置づけ、同じロゴマーク、同じ標語で、同じ祈りの中に賛同していただき、共に連帯しあう。
2.2009年7月8日及び9日にパシフィコ横浜にて、 日本プロテスタント宣教150周年記念大会を開催し、日本プロテスタント宣教史の一里塚とする。」

ということで、7月7日には東京・紀尾井町のグランドプリンスホテル赤坂で「150周年記念晩餐会」が国内外から900人以上の人々が集まり盛大に開かれた。聖路加国際病院理事長、日本IBM最高顧問、みずほフィナンシャルグループ最高顧問、資生堂相談役、衆参国会議員など多数の著名人が参加、実行委員長は開会あいさつで海外の多数の来賓を紹介した後に今回の記念晩餐会の実現を「歴史的快挙」と表現し、開催の喜びと感謝の意を述べた。韓国・オンヌリ教会牧師は「日本の教会には希望がある」と述べ、世界的に著名な韓国のソプラノ歌手とメサイア管弦楽団・合唱団がアーメン・コーラスなどを演奏。参加者たちは、一流の音楽と食事を味わいながら、約2時間の交流を楽しんだ。

クリスチャン・トゥデイ誌の配信記事より

どうにもこうにもこうした催しには、違和感を覚えてしょうがない。何よりこうしたことを開催すること自体に異議が唱えられていることを知ったなら、なおさらである。というのは、神奈川や長崎に宣教師たちが来た1859年以前の1846年に既に沖縄に宣教師が上陸して布教活動を行なっていたからである。そのことは「150周年記念委員会」の文章にも記されているが、あくまでも後からの「付け足し」という感じである。そして何よりも沖縄の人たちが問題にしているのは、何をもって「日本」とみなしているのかという根源的な問いなのである。「日本プロテスタント宣教」の「日本」の意味を「150」という数字を通して問うているのである。
あなたたちの「日本」に「沖縄」は含まれていないのか?
「日本」のプロテスタント教会が150年前に始まったと喜んでいるだけでいいのか?
「沖縄」と「日本」の関係を捉えなおすことなしに「共に連帯しあう」ことはできないし、「同じ祈り」を押し付けることは傲慢でしかないのではないか?
そこには当然、戦争中に日本のプロテスタント教会がどのような姿勢を示したのかという戦争協力に関する問題が含まれるし、さらに戦後の沖縄が日本から切り離されたときに日本のキリスト教会がどのような対応をしたかという戦後責任も含まれる。それは現在の普天間基地問題に代表される沖縄における米軍基地再編をどのように考えるのかという問題につながる。

沖縄の基地問題について学びたい」「沖縄で反戦平和運動に関わりたい」という一方的な姿勢だけでは、沖縄のキリスト者、沖縄在住の人たちとの生きた関わりを築くことはできません。それとは逆に、双方が生きた関係を築き、その上で教会の宣教について考えたり、基地問題について学び合ったり、平和運動に関わっていくことが大切なことだと思います。今、ここに生きている人たちと苦悩を共有しつつ、聖書が今日、私たちに語りかけようとしていることに耳を傾け、ともに生きるために取り組むべき課題を明らかにし、ともに祈り、ともに行動することが大切だと考えています。

村椿嘉信日本基督教団沖縄教区総会議長

1940年10月17日、青山学院の校庭を会場に約2万人の参会者を集めて「皇紀二千六百年奉祝全国基督教信徒大会」が挙行された。大会では「吾等は全基督教会の合同の完成を期す」と宣言し、集まった会衆はこぞって明治神宮まで参拝した。人間というものは、つくづく歴史という教訓から学ばない動物だと思う。

五十嵐 彰 (2009年11月08日 週報より)

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