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人は人を裁きうるか

聖書には神による選びという考え方があります。しかしなぜ神はサウルを捨て、ダビデを選ばれたのか不思議といえば不思議です。見方によれば罪や悪事から言えば、ダビデが捨てられても不思議はありません。少なくもダビデが選ばれ、サウルが捨てられることは平等を欠くことです...

<感謝祭>その後

先週、日本では23日が<勤労感謝の日>アメリカでは22日<感謝祭-サンクス・ギビング>が祝われました。日本の休日はかつての新嘗祭-宮中行事が起源であるし、アメリカの感謝祭はアメリカの教会が深く関わっています。こちらのほうを今回はわずかですが注目したいと思い...

祈りは聞かれる

そこで、イエスは言われた。「神を信じなさい。はっきり言っておく。だれでもこの山に向かい、『立ち上がって、海に飛び込め』と言い、少しも疑わず、自分の言うとおりになると信じるならば、そのとおりになる。だから言っておく。祈り求めるものはすでに得られたと信じなさい...

人間存在とは

やっと秋めいてきた先週、新聞に伝えられたのは2件の母親による子殺しでした。9月ひと月だけでも新聞に伝えられるほどの母親による子供の虐待事例は六件ほどあったようです。中でも10月2日の新聞に伝えられた広島の事例は新聞を読む私の目が涙で曇るほどの陰惨なものでし...

カタコンベの礼拝に生きた人々

信仰とは、望んでいる事柄を確信し、見えない事実を確認することです。 ヘブライ11:1 信仰に生きるとは、現在自分自身が肉眼で見ている世界を超えて、神が計画し、実現に至らせるであろう世界を、自分のものにする意識と言えます。9月6日に1日だけローマに立ち寄って...

ある出会い

今週も旅の途中でであった出来事について書かせていただくことにします。 私たちの旅では様々な人々との出会いが避けることが出来ません。宗教改革がスタートした町ヴィッテンベルクに立ち寄ったとき、昼食のために入った通りに面したカフェはあいにく客でいっぱいでした。そ...

記憶する文化

皆様のお許しを戴いて、娘の働いているレストランホテル Il Pellicano を訪ねるとともにドイツのベルリンと近接しているライプチッヒ、ドレスデン、ヴィッテンベルクを訪ねさせていただきました。いずれもルターとバッハと1989年のドイツ統一、自由化と密接...

記憶し続けること

劇場で映画をみることは、1年に数回あるかないかという程度の私ですが、ときおりこれは是非、見なければと思いで出かける映画があります。先週「あの日あの時 愛の記憶」というドイツ映画を見ました。そういえば私の観た映画はポーランドが物語の舞台というものが不思議に多...

平安

身を横たえて眠り、私はまた、目覚めます。主が支えてくださいます。 詩篇3篇5節 不安と苛立ちが社会に充満しています。しかし神は信仰者に平安な心を授けられます。信仰者といえど、動揺せざるを得ないような、不安や悲しみ、憤りと痛みが引いては寄せる波のように、足も...

信仰の光を通して

人は当然ながら自分で感じ取り、経験したことだけを<真理><正義>と認めて受け入れようとする傾向があります。また自分の目で見て、自分の手で触れて確かめないことがらには不信感をぬぐうことが出来ないのです。もちろんそれが一方的に良くないというつもりはありません。...