神に選ばれて

クリスチャンホームに生まれたのでもなく、ミッションスクールとも何の縁もない私が、キリスト者とされ、またまことに不十分ながら牧師の働きをさせていただいて40数年。時折、「なぜ?」と問いかけます。思い当たることは一つ。私はクラシック音楽に惹かれていた。小学校の5,6年生の頃ウイーン少年合唱団が来日して、コンサートがラジオで中継されたのです。そのとびぬけたボーイソプラノの美しさに私は魂の奥底まで圧倒されたのです。その感激はまだ私の心に残っています。どこかの教会に行こう!と思ったのも音楽でした。
ヘンデルのメサイヤは、レコードジャケットのテキストを見ないでも頭に入っているくらい、教会に行く前から聖句になじんでいました。又モーツアルトのレクイエムは、ケネディ暗殺後、ボストンの大聖堂で、エーリッヒ・ラインスドルフ指揮で追悼ミサが行われ、ライヴ録音がされました。演奏が始まる直前は、出席者のすすり泣きが聞こえてくるような、会場の教会の雰囲気が伝わってきます。これまたキリスト教に触れるきっかけにもなりました。
初めて教会に行った日。教会と言っても狭くて汚いそろばん塾の二階。でも献身的な女性宣教師の方がおられた。宣教師と言っても、本職は米軍基地の小学校の先生。わたしが自己紹介の中で「私はバッハが好きです。」と言ったことを覚えてくださり、その午後に自宅からマタイ受難曲のレコードを持ってこられた。そのレコードは1936年に録音されたアムステルダムのオーケストラと合唱団の演奏で、ナチの侵略におびえるオランダの空気が感じられる貴重な演奏のレコードでした。

こうして私は教会に行き始めました。ほどなく祈祷会にいらっしゃいという誘いもあり、木曜日の夜は、基地内にある先生の自宅アパートで行われる祈祷会に参加しました。ほんの数名の参加者でした。私にとって好都合だったのは、その宣教師さんは日本語が全くできないので、英会話の実践の場でもあったのです。そうして私は、本当に心惹かれて礼拝と祈祷会に出席するようになりました。この年、私は聖書を通読したのです。礼拝はわたしにとって魅力的な時で、欠席することなど考えられないことでした。

ただの熱心で教会生活ができるわけではなく、周囲の皆さんの祈りに助けられ、何よりも神に導かれ、聖書的に言えば神に選ばれて歩めたのです。本来、私は誠実でもないし、まじめでもない。神がイスラエルを選んだのは、イスラエルが地上のどの民より<貧弱>だったからでした。神は助けが必要な存在だったイスラエルを選んだように、私を選んでくださったのです。神の選び方は、人のやりかたとは正反対です。大学なら、優秀な高校生を選ぶし、企業も能力ある大学生だけを募集します。
イスラエルの祝福のもといとして選ばれたアブラハムには二人の子がいました。選ばれたのは先に生まれたイシュマエルではなく、後に生まれた平凡なイサクでした。イサクから生まれた双子のうち、選ばれたのは、狡猾な弟のヤコブでした。サウルが捨てられ、ダビデが選ばれたのも悪の深さから言えば、わかりにくい選びです。しかし確かに神は弱い存在、それゆえ神を必要とする人を選びます。

サウルもいったんは神に選ばれたのです。私たちも神に選ばれて今があります。いったん選ばれたら、それが絶対であるかのように思い込むべきではありません。人の心は誘惑に弱いのです。

今日、わたしたちはキリスト教信仰に生きています。ですから明日も、明後日も、改めて選ばれていることを感謝しつつ、いわば神を自発的に選ぶ信仰が求められているのです。私たちはオートマティックに選ばれ続けるわけではないのです。弱さを自覚しつつ、謙遜に神の前に一歩一歩を踏みしめることができればと改めて思うのです。

(2015年06月07日 週報より)

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