ナショナリズムとキリスト教

北の島々に「実効的支配」をなす国の指導者が視察に来るというので、厳重抗議である。一方で南の島々に「実効的支配」をなす国があえて土地公有化を図れば国際問題になるという真っ当な懸念を表明した民間出身の外交官に対しては、厳重注意である。そうした場面で「領土問題は存在しない」などという身勝手な主張がまかり通ると思っているのだろうか。南で存在しなければ、北にも存在しないだろう。実際に領土問題が存在しなければ、わざわざそのようなことを言う必要はない。日本とシリアとの間に領土問題は存在しないから、そのようなことは言われない。このようなことを言うこと自体が、その存在を証明している。「建前」に固執し自らの矛盾を気にしないのは、ナショナリズムの常である。

オリンピックで大騒ぎである。サッカーをはじめとする主要な種目はもとより、普段見ることのないマイナーな競技を見ることができるのも楽しみの一つである。問題は、その番組編成である。ある程度の日本人選手の活躍を伝えるのはやむを得ないと思うが、あそこまで自国中心というのは、いかがなものか。日本人の準々決勝は1時間のフル放送で、日本人が出場しない決勝戦は結果すら伝えない(詳しく見ていないので定かではないが全体的な雰囲気はそのような感じである)というのでは、スポーツを見ているのか日本人を見ているのか疑わしい限りである。メダルには縁遠い日本人選手の扱いも限られたものなのだから、要は「強い日本」を見たいのだろう。ナショナリズムは、「強さ」が好きである。

余は高等学校の倫理講堂に於て其頃発布せられし教育勅語に向て礼拝的低頭を為せよと、時の校長代理理学博士某に命ぜられた。然るにカーライルとコロムウエルとに心魂を奪はれし其当時の余は如何にしても余の良心の許可を得て此命令に服従することが出来なかつた、余は彼等の勧奨に由て断然之を拒んだ、而して其れがために余の頭上に落来りし雷電、…国賊、不忠…脅嚇と怒喝…其結果として余の忠実なる妻は病んで死し、余は数年間余の愛する此日本に於て枕するに所なきに至つた。

1909年10月10日『聖書之研究』第113号

今から120年前の1891年に、内村鑑三不敬事件というのがあった。前年に作成された教育勅語に対する「低頭」の仕方が足りないという学生および同僚教師からの言い掛かりをきっかけに、辞職を強要される。大切なのは「かたち」より「中身」ではないかという内村の抗弁が聞き入れられるはずもなく、言論界はもとより身内であるはずのキリスト教界からも指弾され見放された。怒れる学生たちは、事件後高熱を発し寝込んでいる内村邸に押しかけ、室内に放尿していったという。「かたち」に拘り「粗暴」なのは、ナショナリズムの常である。この事件を境に、日本のキリスト教は天皇主義に屈服し、「日本的キリスト教」という特殊な宗教へ転落していく転換点となる。自らの神社参拝はもとより、隣人である朝鮮キリスト者に対して神社参拝を強制し多くの殉教者を出す。第一戒を軽んじたことが、第十戒を破ることになった。今も歌っているかいないかを、校長や派遣された役人が生徒たちの目の前で教師の口元をチェックしている。「身の回りのパン種に気をつけよ」(マルコ8章)という教えは、私たちに与えられたものである。

五十嵐 彰 (2012年08月12日 週報より)

おすすめ