あさひ

わたしの故郷である宮城県が大きな災害に見舞われました。仕事の関係で復旧したばかりの仙台空港に降り立った。飛行機が海からの横風を受け一度目の着陸を見送り際トライにての着陸であった。コースを変更する為の上空での旋回のなか、津波にあった広い範囲の町並みが見えた。海岸線からかなりの範囲がまるで畑のように見えた。瓦礫がいまだに海に漂っている光景に目を閉じた。
ニュースの映像が思いだされて悲しみに心が震える思いであった。わたくしの自宅は内陸部の為、津波の被害はなかったものの建物に亀裂が入り地盤が下がった。ほぼ寝たきりに近い母と父の声が聞けたのは震災から五日後の事であった。以前この週報に書いた事がある遠くの災害が身近に起きたわけである。

今、国内に限らず全世界の国々から沢山の応援メッセージや支援が届いてきています。人間の愛が日々届いているのです。あらゆるメディアがその動きを報道しています。『頑張って』と言われたくない、「これ以上どうしろと言うの」と言う被災地からの声、その立場に立つともっともだと感じた。また「こんな事をしていたら駄目だ」と暴走族の解散の話しなども聞こえてきました。またボランティアの方々の愛と力は沢山の人々を勇気づけている事と思います。こんな時、わたしは何もしていない。ほんとに何もしていない。これで良いはずがないと悩むだけ。ただ悩むだけ。

神様は毎日、人々に変わらぬ「あさひ」を照らし続け、今日の勇気と希望の力になっている。こんなわたしは、慰めも届けられずに唯ひっそりと人々の心の癒しとこれからの幸福の為に祈りを捧げます。

菅原 克広 (2011年06月12日 週報より)

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