クリスマスの魔力?―あるクリスマス礼拝

私は20歳の春思い立って教会に集い始めた。教会といってもウイークデーは小さな、小さなそろばん塾をしている場所を、米軍基地の小学校の教師をしていたミス・ルートが日曜日の午前午後そこを借り受けて日曜学校、礼拝、イングリッシュバイブルクラスを開催してくださった。それはそれは楽しみに満ちた幸せな礼拝だった。今日書こうとしているのはその場所のオーナーのTさんのことです。

私は初めからその教会に行こうと思っていたわけではなかった。そのごくそばに別の教会が活動を始めたからです。しかし今思えば、私がキリスト者として歩むためには狭くて汚い場所だったけれど、そのそろばん塾の教会のほうがはるかに有益だったといえる。そのスタートしたばかりの府中の教会は、そろばん塾のオーナーTさんからたびたび時間貸しの使用料の値上げを通告され、ついには市民会館の小会議室に移る羽目に至った。会議室は快適だったけれど、大声で賛美歌を歌ったり、祈りの声が外に漏れることはご法度だった。その点そろばん塾の時は、制限は何もなかった。

たしかにT氏は非常に評判の良い人ではなかった。やがて多くの子供たちが出入りしたそろばん塾はすたれ、建物は人手に渡った。けれど、そのそろばん塾、私が5年生の時、じつは私もそこでそろばんを習ったのです。ある日放課後、友達と遊んでいる現場に母親がそろばんとノートを持ってきて「今からそろばん塾に行け。」と申し渡したのです。事前の話は全くなかった。私が親なら決してしないやり方だった。でも塾に行くことは、思ったほどわるくはなかった。数年、結構楽しく習って、そろばんは身についた。いまだに私は電卓より、そろばんを使う。幼いころ身についた習慣は侮ることはできない。

そのそろばん塾で迎えた12月クリスマスのころ。塾長のT氏がクリスマス会をするとアナウンスしたのです。<何かくれるらしい・・・>子供たちはただそれだけの気持ちで集まっていた。確かに何かはもらったと思うが、たいしたものではなかったのか、それが何だったか、何も思い出せない。ただその時の情景は忘れられないほど鮮明に覚えているのだ。つまりT氏は、クリスマス礼拝をしたのです。日頃の顔とはまるで違った緊張したまじめな顔つきで<聖しこの夜>を全員に歌わせ、司会をし、祈りを祈り、説教まで!?したのです。私が成人してからの彼の行状を見て、彼がクリスチャンだとは到底思えない。でもことによると、どこかの教会には集っていたのかもしれない。

ただ、いまになって私が感じるのは、これも一つのクリスマスの奇跡のようなものではないかしらということです。少なくも彼にとって1銭にもならないクリスマス礼拝を行って、子供たちに本当の(?)クリスマスを語ろうとした。クリスマスには、魔力のように、目に見えないよき力が働きかけるのです。ディッケンズのクリスマスキャロルのスクルージが回心するように、この日には何かよきことをはたさずにはいられない思いにかられるのです。その日だけの思いが、そこから人の心に根差して、信仰として、生き方として実を結ぶ、その発端こそクリスマスの持つ何か不思議な力ではないかと思っている。

(2013年12月01日 週報より)

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