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ハンナ・アーレント著「イェルサレムのアイヒマン」を読む

この数週間、10年も前に手にしていた上記の本を読んでいました。かねて読みかけていた本ですが、あまりに文字が小さく、しかも表現が回りくどく、読み切れず中座していたのです。 ハンナ・アーレントは1906年北ドイツのハノーヴァーで生まれ、のちにハイデッガー、ブル...

永遠不変の神に導かれ

神は人の人生に思いがけない状況を造り出したり、神独自の方法をもって,私たちをその民の一人としてくださいます。私たちは周りからどう見られようと<神の民>の一員であり、<礼拝共同体>のひとりです。人の思いはその時々の状況で、言わなくてもよいことを口走り、我を忘...

不安な時代にこそ

この時代、世の中の大半の人々は、ますますいそがしく、教会に定期的に通う時間も心のゆとりも持てずにいます。結果として教会の教勢は落ち、教会員は減りつつあります。そうした現実に牧師は当然悩むのです。その現実を前に、明るくもなれません。結果は牧師の責任でもあると...

ぶどうのおいしい秋-主につながって

「わたしはまことのぶどうの木・・・わたしにつながっていなさい。そうすれば、私はあなたがたとつながっていよう。枝がぶどうの木につながっていなければ、自分だけでは実を結ぶことができないように、あなたがたもわたしにつながっていなければ、実を結ぶことができない。」...

痛みを負いつつ

さわやかな秋の日々を迎えています。 わたしはこの一週間さまざまな人々と出会い、会話を重ねました。数名の方々がこころと体に痛みを抱えている人々でした。数からすれば、この一週間にわたしが個人的にお目にかかった人々は両の手で数えられるほどの人々です。でも日本の社...

荒野の旅

ユダヤ民族の存在とその歴史があってこそ、キリスト教の歩みがあります。現状のイスラエル共和国は日本と比較すると国土は10分の1以下ですし、人口もイスラエルにおいて700万人、そして欧米に約同数の人々が在住しているようです。しかしユダヤ人の存在感は<現実の少数...

信じてここに生きる

「暑さ寒さも彼岸まで」と言う言葉があります。季節としては、一週間後に、秋の彼岸を迎えます。例年この季節になるとあちこちに彼岸花を見ます。ことしはこの暑さの中で、はたしてどうなることだろうか。それにしても八月の<お盆>九月の<彼岸>と日本人は伝統的に人の死を...

時にかなって、美しく

こんなに9月が待ち遠しい夏もありませんでした。9月になれば、さしもの熱射も僅かながらでも徐々に退いてゆくことでしょう。こうして、この夏も過ぎ行きますが、由木教会の夏の行事はそれぞれ心に残るものでした。平和聖日礼拝、夏の交流会<3・11後を生きる私たち>も充...

平和聖日によせて

由木教会は例年、8月第一主日を<平和聖日礼拝>として、広島・長崎の原爆の惨禍の犠牲となった人々をおぼえ、わが国が二度と侵略戦争に加担してはならないという思いをこめて、平和への祈りを捧げます。核兵器の使用は、68年前よりもさらに現実味を帯びています。最近では...

おや、まあ!

本やパソコンのある、わたしが仕事をしている部屋は、西向きで、この時期、強い西日がさしこみます。エアコンはあっても、えらく効きのよくない状態でした。そこでキウイの葉を茂らせて自然カーテンにしたらと連れ合いが考え、20年来、実のならないキウイに最後のチャンスを...