キリストを見つめる

使徒パウロの生涯は、そのかなりを獄中で過ごしたと思われます。ですがパウロは獄中から福音を語り、人を導き、教会へのメッセージを語りました。エフェソ書、フィリピ書、コロサイ書、フィレモン書はパウロが獄中からしたためたので獄中書簡と呼ばれています。パウロに友人フィレモンのもとから逃亡した奴隷オネシモとも、出会った場所はパウロが投獄されていたローマかカイザリヤかの獄中でした。オネシモはそこで回心し、やがてパウロにとってかけがえのない協力者となったのでした。

投獄を恐れないパウロの伝道への献身は、教会にとって深い尊敬と激励となったに違いありません。しかしながらパウロへの尊敬や評価については、教会内でも様々な受け止め方があり、一方的にパウロが教会全体から一枚岩の支持を勝ち得ていたのではなかったらしいのです。

フィリピ書に次のようなくだりがあります。

兄弟たち、私の身に起こったことが、かえって福音の前進に役立ったと知ってほしい。・・・キリストを宣べ伝えるのに、ねたみと争いの念にかられてする者もいれば、善意でする者もいます。一方は、私が福音を弁明するために捕らわれているのを知って、愛の動機からそうするのですが、他方は、自分の利益を求めて、獄中のわたしをいっそう苦しめようという、不純な動機からキリストを告げ知らせているのです。

フィリピ1:15-17

フィリピ書のこの部分は読むたびに不思議な気分にさせられると共に、教会も人の集まり。パウロの投獄という出来事に接し、決して皆がみなパウロの身を案じ、釈放に走ったのではなく、むしろこの出来事を喜び、パウロの不幸に手をたたかんばかりの伝道者達がいたことを予想させます。人間の集まりには常に、些細なセクショナリズム、嫉妬が燃え立つものです。初代教会のパウロの宣教があまりに圧倒的で、その戦略や思想が非の打ちどころが無い故に、居場所が無いと感じていた人々は、パウロの働きが、投獄で封じられたことを喜んだのです。けれどパウロの度量は更に大きいのです。「だが、それが何であろう。口実であれ、真実であれ、とにかく、キリストが告げ知らされているのですから、わたしはそれを喜びます。」(同18)

いったい、使徒パウロの投獄を喜ぶ、敵対的伝道者とはどういう存在なのだろうかと腹立たないわけではありません。投獄という不利な環境を宣教やあちこちに広がった教会の実際的牧会の機会としてしまうパウロを理解も受容もできずに、小さなセクショナリズムや、嫉妬心しか感じ取れない無益な伝道者を、果たして伝道者といえるのか・・・そんな思いもしてきます。しかしパウロはその人々も宣教すら喜ぶといいます。

初代教会にはパウロに導かれてキリスト者が一方におり、またパウロに敵対的な伝道者に導かれた人々もいたことになります。でも、誰に導かれたかは全く問題ではないのです。見つめるべきは導かれた先にある方イエスキリストであって、その途中に介在した人々ではないのですから。そう思えば、誰でも伝道者になれます。それでも誰かの投獄を喜ぶような伝道者困りますが、人間は自分自身を見つめてみれば、とても立派とはいえませんし、逆に惨めだけではありません。自分や他人が弱く見えようとも、醜く思えても、キリストを伝えることに邪魔にはなりません。ひたすらにキリストを見つめること。この一点です。そうすれば敵対者も大歓迎というパウロの心意気につながります。

(2010年02月07日 週報より)

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