信じる心、平和の心

聖書のクリスマス物語に登場してくる人々は、かなりインターナショナルです。マリアとヨセフはユダヤの人ですが、ヘロデ王はイドマヤ人といわれます。ユダヤ人からは差別され、白眼視されていた部族出身の人です。他人の目からはさしたる違いではないと見えることも、当事者にとっては途方もない違いと感じられることは多いのです。また、東の占星術師たち。たぶんバビロニヤの人とも言われます。バビロニヤは現代ではイラクに当たるとのことです。そも、クリスマス物語の発端はローマ皇帝アウグストによる人口調査による人々の移動がありました。ユダヤ人、ローマ人、イドマヤ人、バビロニヤ人いりみだれての人生模様がそこにあります。

現代世界と同じです。ヨーロッパでも、アメリカでも、東京でも、故郷から離れて、異郷の地でクリスマスを迎える人々がいます。1990年ころのことでした。5名ほどのペルー人の青年たちが毎週のように教会にこられたことがありました。現在の教会堂が建てられて間もないころのことでした。彼らは自動車会社に勤めていましたが、きわめて危険な作業場が与えられて、仲間の中には指や腕を失った人がいたのだそうです。そこで、転職して、そのときには建設作業員として現場で働いている日々だったのです。でも教会堂を見つけました。ほかならぬ、この由木教会です。十字架を目にしたとたん、故郷を懐かしく思い起こしたのです。日本語は全くはなせませんでした。それでも毎週由木教会においでになりました。
当時、由木教会には、スペイン語のできる人はだれもいなかったのです。そこで一ヶ月ほどして、わたしは高幡カトリック教会に彼らをお連れしたのです。そのとき幸いにもスペイン人のシスターの方がおられ、コミュニケーションのできる教会を紹介できたのです。けれど、その後すぐに建設現場が変わって、彼らの居所は分からなくなってしまったのです。

日本からすれば、地球の反対側のペルーから来た青年たち。日々立ち向うのは厳しい労働現場に違いなかったはずです。でも彼らの暖かさ、快活さはわたしの心に深く刻まれています。そしてそれはわたしが高幡カトリック教会を訪ねた最初の機会でした。期せずしてそのことが、現在のカトリック、プロテスタントという教派の壁を越えたあたたかい交わりの原点となったのです。よもや、そんなことにつながろうとはあの青年たちは知るよしもありません。無論わたしもそうでした。つまり、それは神がたくらんだことでした。そう言うしかない事だったのです。

今の日本にいるわれわれ。大型テレビがあり、ケータイ電話を持ち、パソコンにゲーム機器、家族もいます。でもみるからに幸せでない人も多いのです。ごく最近、ある人から聞きました。「人間の価値はネンシュウです。」その人は本当にそう思っていて、夫のネンシュウの低いことに悩んでいました。そういう考え方を持っている人がいることにわたしは驚きました。ですから、その人の悩みを解くことは簡単でした。ヨセフもマリアも貧しかった。ペルーの青年たちも貧しかった。でも心はわれわれ日本人より豊かでした。確かに貧しい人々の上に立って、権力を振るうローマの皇帝とか、強権をふるって善意の人々を地球の裏側まで、出稼ぎに行かざるを得ないところに追い込んでいる権力者がいます。でも他人の犠牲の上に立って幸せになることなど神が許しません。幼子イエスを殺そうとしたヘロデ王も、その試みは遂げられませんでした。
イエスがおられるところに、平和があります。ペルーの青年たちの心を暗くすることは、だれにもできませんでした。平安な心はキリストだけがもたらすことができます。満ち足りた心は物や金がもたらすのではありません。神を待つクリスマスの心に、愛と平和が宿ります。

(2006年12月24日 週報より)

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