バザーを終えて

今年も無事にバザーを終えてホットしています。わが教会のバザーの歴史は意外と長く、かれこれ20数年間毎年開催されています。フィリピンの人たちに衣類を送る運動に参加したことがきっかけです。衣類を集めてみると厚手の冬物も集まってしまいました。常夏のフィリピンではそれらは不要です。思いついたのがその冬用の衣類をみんなに買ってもらいそのお金を送料に当てることでした。フィリピンに衣類を送るのに相当な費用が必要だったからです。

何年かして、フィリピン側から衣類はもう必要ないとの連絡が入りました。丁度そのころ教会では東京都の区画整理の話が進み、未だ10年建って間もない教会が取り壊され、現在の場所に移動することになりました。区画整理法で土地の30パーセントを供出しなければならず、土地が狭くなり3階建にせざるをえなくなりました。都の保証金だけではとうてい足らず、建築資金が必要となりました。そのころからバザーに力が入り始めたような気がします。

年々皆の知恵と工夫と献身と祈りが重なって現在のようなスタイルに至っています。毎週飾られる講壇の花が日曜日だけのものではもったいないと、ドライフラワーにして作品化すること。バザー当日、奉仕した教会員が夕食作りの助けになるように、前日の夕食を多めに作ってお惣菜コーナーを作ること。ケーキ作りや食事メニューのやり方なども年々マニュアル化して効率よく準備できるようになりました。みんなの知恵と気づきの賜物です。

バザーはただ楽しい教会行事だけで終わりません。バザーの前はとても忙しくなります。準備だけのせいではありません。実に多くの方々とのやりとりが増えるからです。バザーの為の品々を手に久々に教会を訪ねてくださる方、近所の顔見知りの方、全く初対面の方々。教会の敷居が最も低くなるときでもあります。それがきっかけで教会につながる方も少なくありません。

また、バザーの当日はエキュメニカルな交流の場でもあります。姉妹教会である日本基督教団永山教会、カトリック高幡教会の方々はもちろん、近隣の教会の方々もお出でくださいます。忙しい中、短い時間ですが楽しいお交わりが与えられることは本当に嬉しいことです。

昨年、バザー当日の礼拝から参加して下さった鈴木玲子先生が「礼拝が終わったとたん一斉に皆が動き始め、どこから出てくるのか、どんどん品物が出てきて、あっという間にバザー会場が出来上がってまるで魔法をみているみたいだった」とおしゃってくださいました。

バザーを終えていつも思わされることは皆の協力なくしては決して出来ないことであることです。目に見えないところでも多くの優しさを頂きます。お互い多少の負担は避けられません。でもバザーへの協力は様々な形で協力していただけるのがすばらしいです。無理しないで、楽しく参加すればよいのだと思います。パズルのようにどのピースも重要で欠けてはならない存在であるということを実感する時でもあります。

「体は一つでも、多くの部分から成り、体のすべての部分の数は多くても、体は一つであるように、キリストの場合も同様である。・・・・あなたがたはキリストの体であり、また、一人一人はその部分です。」  

コリントの信徒への手紙12:12,27

小枝 黎子 (2008年11月16日 週報より)

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