ある出合い

今回の私たちの旅はドイツの父なる大河<Vater Rhein>と呼ばれるライン川沿いに列車でイタリアに行くことにして、夫婦で一泊6-7千円のホテルを探して、列車でイタリアに行くことにしたのです。けれど宿泊したのはホテルだけではありませんでした。かねてかつて我が家の長女をサリーチェ・テルメのリストランテに紹介してくださったG氏に、連れ合いがしばらく前にメールを入れたところ、「大歓迎します。あなた方がイタリアに来るなんてこんな嬉しいことはありません。ぜひ我が家にお泊り下さい。」という返事に気を良くして、その方のお宅に伺うことにしたのです。けれど、そこは、予想とはかけ離れた、宮殿のようなお宅でした。かつてアーネスト・ヘミングウエイが小説「武器よさらば」を執筆した景勝地ストレーザにもごく近いところです。その近辺はマッジョーレ湖がポー川につながるユネスコの文化遺産に登録されている絵のように美しいところです。お宅の敷地面積は1万メートル平米とのことで、同様な大邸宅が点在する限られたところでした。お宅に着くなり、G氏は「今から所有者の方を紹介します・・・・」というのです。気楽に来てしまったけれど、はじめからそうと知っていたら、多少のお土産も持ってくるべきだったし、そも来訪を遠慮したのに、と思ったのはもう手遅れでした。

G氏はその邸宅の所有者マリレーナ・シニョリーニさんと舞台やクラシック音楽関係の文化事業を共同して行うために、いまは彼女の邸宅を拠点に活動をしておられるようでした。ドイツでも、オーストリアでも、イタリアでも、良くも、悪しくも、社会は劇的に変わってゆく面と決して変わることのない伝統があります。マリレーナ・シニョリーニさんは、そうしたイタリア貴族のなごりの雰囲気を感じさせる美しい女性です。教会に熱心で、特に貧しい人々がいよいよ困窮してゆく中で、かなりの途方もない援助活動に協力しています。

邸宅は建物そのものが1700年代の文化遺産で、敷地内に咲き乱れる花、木々も伐採することも役所の許可がいるようです。つまりは個人の財産ですが、歴史遺産として保護することが義務づけられています。同時にマリレーナ・シニョリーニさんのお宅ではしばしば音楽家、文化人、学者を招いて講演会、音楽会などが行われ、若い芸術家の発掘を促すのだそうです。とかく自己の金儲けだけを考える最近の世界では、かき集めるだけ金をかき集め、富の社会還元など目もくれないという人々と違って、キリスト教的価値観は微動もゆるがせずに、キリスト教文化のパトロンとしても、貧しい人々への支援にも、真剣に取り組んでいるこうした人々の姿は好ましく感じました。

この広大な家屋敷の整理整頓や、家事をする人々、何人かのお手伝いさんがいることは当然でしたが、私たちがお世話になる何回かの食事は、驚いたことにすべてマリレーナ夫人のお手作りでした。それもとても行き届いた、御馳走の限りでした。そこもやはり料理には手を抜かないというイタリアのマンマの伝統でしょうか。G氏とのかかわりは別としても、マリレーナさんとは何のゆかりもかかわりもない私たちに、ここまでのホスピタリティーを尽くしていただいて、せめて感謝の意をつたない英語で書きしるしたのです。一語一語、G氏がイタリア語になおし、読み進めると、マリレーナさんの目から一滴涙があふれていました。心美しいイタリア貴族の館での一日は一夜の夢のように過ぎてゆきました。

(2014年07月06日 週報より)

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