人はどう変わるのか

先週の火曜日の夕方5時過ぎのことでした。最近わが家の家族の一員となった(元)迷い犬・コタローを連れて散歩をしていました。歩いていた歩道で、二人組の中年男性が一人の大学生風の青年のボディーチェックをしているのです。一見電気工事風のその人々は、よく見ると防刃ベスト着用の刑事でした。「問題になるようなものは持っていないよね?」刑事に尋ねられた青年は、「バッグにナイフが入っています・・・。」通りすがりですからそれ以上は聞く事が出来ませんでした。やり取りする態度は普通でしたが、仰天するようなコトバです。

少なくとも路上でナイフを携帯する必要は皆無なのですから、そうした人が平和な教会周辺を歩いていたことが驚きでした。ともかく防刃ベストで身を固めた刑事がボディーチェックをするくらいですから、日頃から警官の目に留まっていたのかもしれません。外見は細身でにこやかで、とてもナイフを隠し持つような風には見えない青年。でも、いざという時には、それを使う気持ちがあったのだろうか。にこやかでまじめな青年が、カバンを開いてナイフを振り回す通り魔に<豹変>するのでしょうか。

数年前、私の友人が語ってくれた話です。彼が信号待ちで交差点で停止していたときのことです。後ろから一杯機嫌で運転してきたさる大企業の営業社員の運転してきた車が追突してきたのです。友人の牧師は衝撃で痛む首をさすりながら、相手方に抗議しました。その大企業社員は平身低頭、「今日はご覧の通り少々酒が入っているので、警察沙汰にはしないで欲しい。会社にも黙っていて欲しいのです。」と懇願して、自らを名乗って名刺も渡し「明日自宅に電話してください。必ず意に沿うようにさせてもらいます。」と約束したそうです。

早速、翌日彼は社員の自宅に電話したのです。ところが社員の態度は<豹変>していたのです。
「俺はお前など知らない。大体私の名刺をどこで手に入れたのか知らぬが、迷惑至極だ。昨日の事故というが、事故というなら警察の事故証明があるだろう。それを見せてくれ。」
追突男に良心はカケラもありませんでした。友人牧師は私に言いました。
「事故の際に警察を呼ばせず、事故証明も出させなかった相手方の作戦にはめられてしまった。」
ひとはかように豹変することを彼は学んだのでした。
ボスニヤでもルワンダでもきのうまで友人だった人々が、突然恐ろしい敵となった出来事が数え切れず伝えられました。人は凶悪になれる存在ですが、良くもなりうる存在です。人の心は時に天使のように、またその反対に悪魔的にもなりうるものなのでしょう。人の心の闇はどんな闇よりも深く、同時に晴れやかな青空のように天に届きうるものでもあります。そうであれば神にしっかりと守っていただこうと心に決めることはどれほど大切でしょう。生涯穏やかな信仰を生きることの価値ははかりしれないのですから。

(2008年08月17日 週報より)

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