青春の日々をかえりみて
今、私は一生に一度の以前からの念願を果たそうと意気込んでいます。これまで永い年月描き続けて来た私の絵と夫の木版画とで「二人展」を計画しているのです。私が絵を描き始めたのは神戸の頌栄短期大学に在学していた時、正確には52年前になります。その展示のため当時のスケッチブックなど整理していますと、絵に対する思いだけでなく様々な事がよみがえり、その頃の事が布石となり今生かされていると胸があつくなりました。
神戸頌栄短期大学はキリスト教主義の幼稚園の先生を育てる学校で、入学当初から目的意識とキリスト教の信仰をはっきり持った人が多く在学していました。私は宗教色の全くない私立の中学高校で教育を受け、前者の方達とはキリスト教に対する知識も姿勢もまったく異なり、なかなか融けこめないように思えました。又、教会にも校則で定められているままに通っていましたが、反発がつのる事の方が多かった様に思います。でも気づかないうちに確実に校風が根付いていった様です。
友人との交流、素晴らしい宗教音楽の先生との出逢い、そして直接信仰とは結びつかないかもしれませんが、絵の一生の師も得ました(直接指導を受けたのは在学中だけですが、その後永年にわたり観賞する事を通じ、育てていただいたと確信しています)。又、友人のお母さんから「絵心があると言う事は素晴らしいことよ。“絵描き” にならなくてもいいのよ。一生絵を描く事が好きと言う気持ちを持ち続けなさいね」 と声をかけていただいたりと、かけがえのない二年間を過ごしました。卒業後間もなく家庭に入り、実際に受けた教育を実践する場はあまりなかったのですが・・・。
その後、この二年間が、以前週報に書かせていただいた外地での28年前の受洗に繋がるのだと思い到りました。何と神様は大きなご計画のもとに取るに足りない私を忘れる事なくお導き下さるのかと驚きます。まだ私は人生の途上にあります。今後どの様に導いて下さるか私にはわかりませんが、主に与えられた私の生活を感謝し、喜んで存分に生きたいと思っています。
最近、日頃の祈りに加え、来年はじめの展覧会まで夫も私も健康が護られ、それなりの作品が並べられます様にと祈ります。週報に文章を書かせていただくのは「二人展」が終わって落ちついて・・・と思ったのですが、やはり今、込み上げてくる感謝の気持ちを皆様にお伝えしたく書く事をお引き受けしました。
K.S (2006年10月01日 週報より)