まだ負けではない

この数か月基本的に木曜日の夜は国会議事堂前に出かけて、戦争法案反対の請願に出かけていました。特別なことがあれば別にも出かけることにしていた。終わったわけではありませんが今のところ20回を少々超えたところです。もし日本政府が企てるようにこれが実行に移されれば、大変な数の自衛隊員の死が予想されるからです。藤 原帰一東大教授の最近の朝日新聞への寄稿によれば、仮に日中間の軍事衝突が起これば、米国のイラク介入などモノの比ではない犠牲が考えられるとありました。法案が成立した朝の新聞には「海外で武力行使に道」と特大の活字が踊っていました。

けれど何よりこれらの法案は「憲法違反」なのです。昨年7月の「集団的自衛権行使容認」の閣議決定も、どう見ても憲法9条の下では成り立つはずもありません。この出来事で改憲論者すら現憲法の擁護派となった感があります。国会内の数の力関係では採決さえすればどんな法律もまかり通るかもしれません。ですが大多数の憲法学者、代々の内閣法制局長官経験者、弁護士の大半、最高裁判所の元判事、長官経験者すら、これは憲法違反と断じています。何よりもこうした解釈改憲について日本国民はまだ一度として選挙によってその是非を問われていないのです。だからこそ路上の抗議運動で思いを表すしかないのです。

よくテレビ報道で、安倍首相の心の中には、祖父であった岸信介元総理への傾倒があると語られています。岸氏は戦後A級戦犯に問われましたが、復権して60年安保をアメリカと締結しました。私の手元にマサチュセッツ工科大学にいた著名な歴史学者ジョン・ダワー教授の著作「敗北を抱きしめて」があります。この中に岸信介元首相についてのくだりがあります。

岸は明敏かつ悪辣(あくらつ)な官僚で、傀儡(かいらい)国家満州国で経済界の帝王として君臨し、何千、何万という中国人を強制労働させ、奴隷のようにこき使ったことなど、多くの行為の責任を問われていた。7名の被告が巣鴨で絞首刑に処せられた翌日の1948年12月24日、獄に残っていた19名の容疑者全員が証拠不十分という理由で釈放された。国際法の微妙な解釈に通じていないふつうの人間には、どこまでが司法でどこからが政治的気まぐれなのか、理解できないのもむりからぬところではある。

「敗北を抱きしめて」(ジョン・ダワー) 下巻 267-268ページ

かつての戦争と植民地支配で支配権力者だった日本の官憲が、どれほどアジアの人々に残虐な暴力を加えたかを日本人の多くは記憶していません。この本の中でナチスドイツと日本の捕虜収容所の死亡率が比較されていますが、ナチス・ドイツの捕虜収容所の死亡率は7%ですが日本の捕虜収容所の死亡率は27%と述べられています。日本軍収容所でどれほど収容された捕虜たちに酷薄な扱いがなされたかがうかがわれます。岸元首相の孫である安倍首相は、ことさらに中国を敵視するのではなく、ダワー教授によれば悪辣としか表現するほかない、祖父の犯した罪を謝罪して、中国の人々との平和友好を築くにふさわしい人物はいないのです。
安倍首相ひとりではなく、我われ教会人も、戦争に協力し、教会による韓半島および中国の侵略を支持した過去をいよいよ鮮明に記憶し続け、知りうる限りのアジアの人々との友好を深めなければならないと思うばかりです。今回の戦争法案は国会を通りましたが、解釈改憲も、集団的自衛権行使容認も憲法違反です。ことは決して終わっていません。否むしろ我々は平和の尊さに目覚め支えられたのです。

(2015年09月20日 週報より)

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