メキシコ国境沿いの隔離壁へ
アメリカ大統領選挙が段階を踏んで進んでいます。アメリカは伝統的に民主党と共和党という二大政党のせめぎあいで中央政治が行われています。アメリカの大統領は核のボタンを持つものとして強い権限が与えられます。ですから大統領に求められることは清廉潔白で、品性すぐれたジェントルマンであることが前提とされてきました。今回の選挙で共和党候補の第一に躍り出たのがドナルド・トランプという人で、旋風を起こしていると伝えられています。つけられた名前が<暴言王>で圧倒的多数を獲得して多くのアメリカ人からの支持を集めています。この人の主張で最も知られているのはアメリカの隣国メキシコとメキシコ人に対するものです。
いわく「メキシコ人は麻薬や犯罪をアメリカに持ち込む。彼らは強姦犯だ」と決めつけ、不法移民の流入を防ぐために米国の南部国境に「万里の長城を建設すると公約した。」というのです。これに対してバイデン副大統領はわざわざメキシコを訪ね、一部の候補者による根拠のない発言を謝罪したと伝えられています。アメリカとメキシコの関係はとても深く、複雑な感情が双方にあります。じつはアメリカ合衆国の南部州のいくつか、例えば、テキサス、アリゾナ、ネヴァダ、ニュー・メキシコはもともとメキシコの領土でした。アメリカが武力で奪い取ったのです。でもそれは過去のことです。いまアメリカ人口の30%(つまり9,000万人)がメキシコ人と言われます。白人に次いで2番目の人口で、ついでアフリカ系の人々が3番目を占めます。それだけ多くのメキシコ人がアメリカに滞在し、アメリカ人としてアメリカ社会で活躍するメキシコ系市民がすでに多くいるということです。
トランプ氏はアメリカとメキシコの国境に隔離壁を建設してメキシコからの不法侵入者を防ぐようにするといいます。アメリカとメキシコの国境は3,100キロ以上あります。そこにネズミ一匹通さない壁を作ることなど全く非現実的な話です。そしてアメリカにおいて、工場のナイトシフト(夜間勤務)、厨房の皿洗い、タクシー運転手のかなりは、白人が嫌がる仕事として、メキシコの人々が最低賃金で率先して引き受けるのだそうです。しかも国境沿いのメキシコ側には、アメリカの会社の組み立て工場が次々とたてられて、メキシコ人の安い労働力で組み立て作業が行われ、アメリカ国内に出荷されているのです。アメリカでは労働基準法が厳格に守られているため、時給18ドル(2,000円)でアメリカ人を雇っていた会社が、メキシコではメキシコ人労働者を時給58セント(70円)で働かせる。労働者の安全性、最低賃金、労働時間無視のきつい労働が課され、アメリカの繁栄の下支えとなっている。この厳しい労働環境が、メキシコ人をして、どうせ働くならアメリカでという、不法移民となっても、時には警官に射殺されても、アメリカに不法入国するという動機になっています。
すでにメキシコ人労働者はアメリカ社会になくてならない存在であることは否定できないのです。ドナルド・トランプ氏がそうした現実を知らないわけがないだろうと思います。しかし「メキシコ人は麻薬や犯罪をアメリカに持ち込む。彼らは強姦犯だ」と公言して、大統領候補として断トツの支持を集める不思議。
たしかにそれだけの労働者が合法、違法の両面で入国したら職を失う人々が出ても不思議ではありません。でもその前にそも3Kと言われる仕事は白人には嫌われていたのです。こうしてまちがった理解、偏見に加えて被害者意識を駆り立てて、政治的に利用するやり方は不正なのです。
アメリカだけの事ではありませんが、こうした巧みな政治家の扇動に騙されない心が大切です。時折教会を訪ねてくださるメキシコ人の方がいます。首都大で定期的に講演に来られるローランド・リオス教授です。敬けんな信仰者で、家族思いで、フレンドリー。わたしたちはメキシコ人が大好きです。
(2016年03月06日 週報より)